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2012年版聖書通読表は、こちらからダウンロード。
(PDFファイル、約703KB)

2012年05月25日

主を待ち望む

■S:今日の聖書の言葉
  使徒の働き1章14-15節(詩篇25篇)    

★  この人たちは、婦人たちやイエスの母マリヤ、およびイエスの兄弟たちとともに、みな心を合わせ、祈りに専念していた。そのころ、百二十名ほどの兄弟たちが集まっていた・・・

■O:今日のコラム

  御言葉を聞く人や、解釈する人は多いけど、それを実行する人は少ないものです。
  そして、私達は聞いた御言葉を実行する時に始めて本当に理解したと言えるのです。

  今日の箇所には、イエス様が復活後に天に戻られる時の出来事が記されていますが、イエス様は天に戻られる前に「エルサレムを離れないで、わたしから聞いた父の約束を待ちなさい。」と言われました。
 
  しかし、その言葉に応答したのは何名の人だったでしょうか?
  主イエスの言葉に従って心を合わせて祈りに専念したのは120名の弟子達でした。
 
  実はイエス様の復活を実際に目撃したのは500名以上いたという事が聖書に記されています。しかし、実際に行動を持って主を待ち望んだのは120名だけでした。

 「待つ」という事はものすごくエネルギーを使う行動です。
  また「祈る」という事は、一見何にもしない受身的な事の様に思えますが、主の御前にはものすごく重要な行動であり、積極的な行動です。

  ある牧師は「みなさん長時間、祈った事はありますか?祈りは重労働です。」と言っています。
  初代教会の弟子達がイエス様から受けた初めの重要なミッションは「待ちなさい。」という事でした。

  その言葉を受け、実際に祈りを持って待ち望んだ120名の人々の内に、聖霊を受けるという偉大な主の約束が最初に実現する事となったのです。

  私達は待たされる時こそ信仰が試されます。
  アブラハムも、ダビデも、今日の箇所に登場する弟子達も、多くの信仰者が「待つ」というテストの中を通されました。そして、主のタイミングを待った人々が偉大な主の約束を味わう事となりました。

  聖書には「あなたがたが神のみこころを行なって、約束のものを手に入れるために必要なのは忍耐です。」(ヘブル人への手紙10章36節)。と記されています。
 
  私達の人生に主の約束が実現する為に必要なのは忍耐(待つ事)です。
  今日、私達の予定表、願い、計画を主の前に投出して、「主よあなたこそベストなタイミングを持っておられるお方です。ですから私は、あなたの方法、あなたのタイミング、あなたの約束を待ち望みます。」と祈る時を持ちましょう。
 
■A:考えてみよう
  今日時間を進んで作り、主の前で静まり主を待ち望む時間を自分の生活の中に設けましょう。




■P:祈り
  イエス・キリストのお名前によってお祈りします。アーメン。

【 しんご 】
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2012年05月24日

デラックスサンド!

■S:今日の聖書の言葉
  詩篇23篇5節(詩篇24篇) 
 
★  私の敵の前で、あなたは私のために食事をととのえ、私の頭に油をそそいでくださいます。私の杯は、あふれています。

■O:今日のコラム

  この詩篇23篇は世界的に多くの人に愛されるダビデの賛歌であり、私も大好きな章です。デビデはこの詩篇を苦しみのただ中で書いたと言われています。それなのにも関わらず、このダビデはとても満ち足りていることが分かります。

  1節には「私は、乏しいことがありません。」とあり、5節の「油」とは充実を意味し、また「私の杯は、あふれています。」とあります。この『杯があふれている』とはどういうことでしょうか。

  それは単に物質的必要が満たされている、という意味ではありません。
  ダビデは神様を愛し、唯一、自分を満たすことのできるお方として、求めていました。
 「主こそ、私の最も大切な宝…です。」(詩篇16篇5節。現代訳)

  ダビデはいつも神様の御顔を慕い求め、主の霊がダビデを満たしておられたのです。
  それゆえにダビデは「私の杯は、あふれています」、つまり『私の内側は主ご自身で満ちています!満ち足りています!』と歌いました。

  神様に渇き、主と共に過ごすことを何よりも大切にしたダビデは、こう言っています。
 「全能なる主がわたしの羊飼いとして私の前を行き(1節)、私の後ろからは、主のいつくしみと恵みとが私を追いかけてきます(6節)」と! 
  前には主、後ろには恵み…なんと贅沢なサンドイッチ!!

  私たちが、今日、ダビデと同じように、「あなたこそ私を満たして下さるお方です。あなたこそ、私の最も大切な宝です。」と主を愛し、まず一番に求める時に、偉大な主が私たちの羊飼いとして、全き道に私たちを導いて下さり、振り向くと私たちの後ろからは、私たちの身に有り余るほどの、主の豊かないつくしみと恵みが追ってくることでしょう。

  ハレルヤ!
  私たちの内に、主ご自身が豊かに住まわれる時、私たちはどのような状況、環境においても「わたしの杯はあふれています。」と感謝の歌声をあげることが出来ると信じます。
 
■A:考えてみよう
  私は自分の杯を、何で満たそうとしているだろうか? 私の宝物はなんだろうか? 私は今、何と何にはさまれているサンドだろうか?




■P:祈り
  イエス・キリストのお名前によってお祈りします。アーメン。

【 みちる 】
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2012年05月23日

「主をたたえよう!」

■S:今日の聖書の言葉
  詩編22編17-24節 

★ 「自分の骨を、一本残らず数えることができるほどです。私を見てほくそ笑む、この悪人どもをご覧ください。彼らはくじ引きで、私の着物を分け合うのです。ああ主よ、そばにいてください。

  ああ、私の力である神様、大急ぎで助けに来てください。死から救い出してください。かけがえのないこの命を、こんな悪人の手に渡さないでください。...

  そうだ、神様は私に答えて、助け出してくださるに違いない。私はすべての兄弟の前で主をたたえ、公衆の面前で、主のすばらしい行為を語ります。声を大にして語ります。

 「主を恐れる人たちよ、主をほめたたえよ。 主の名を恐れ、敬え。 イスラエルのすべての人よ、主に向かって賛美の歌をうたえ。 主は、私の絶望の底からの叫びをさげすまれなかった。 背を向けて立ち去りはなさらなかった。 叫び声が届くと、主は助けに来てくださった。 」

■O:今日のコラム

  ダビデは、苦しみの中で、神さまにある意味ぐだぐだと祈り、訴えていました。
  私の敵をどうにかしてください。私のいのちは大切でしょ?いつも一緒だったじゃないですか?

  でも、下線を引いた、「そうだ」というところで、何かが変わりました。
  状況は全く変わっていません。でも、彼の中で何かが変わったのでした。思いが主に向かいました。

  自分の状況が巨人のように思えたところから、主を大きく見、主は自分に答えてくださり、きっと助け出してくれる、という信仰へと変わったのです。
  そして、彼は主を賛美しよう、みんなの前で賛美しよう!いや、イスラエルの全ての人よ、主を賛美しよう!と宣言するに至りました。

  何がダビデを変えたのでしょうか?
  状況は変わりません。何が、私たちを困難な状況において、主に向かわせ、信仰を奮い立たせてくださるのでしょうか?

  それは、主を求めることです。全ての状況の中で、特に希望がない状況の中で、主を求めることです。

  リアルに主を求めましょう!全てにおいて主を求めましょう!

  主は、すぐに状況を変えなくても、必ずいつか祈りに答えてくださいます。また、何よりもパパを見上げるその姿勢を喜んでくださいます!
 
■A:考えてみよう
  今どんな願いがありますか?困難なところを通っていますか?
  主を求めましょう!そして神さまに、状況の前に、思いを変えてもらいましょう!

  「私はあらゆる時に主をほめたたえる。私の口には、いつも、主への賛美がある。私のたましいは主を誇る。貧しい者はそれを聞いて喜ぶ。私とともに主をほめよ。共に、御名をあがめよう。(詩編34篇1-3節)




■P:祈り
  イエス・キリストのお名前によってお祈りします。アーメン。

【 れいこ 】
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2012年05月22日

この喜びは主からくる

■S:今日の聖書の言葉
  詩篇21篇1節、マルコによる福音書1章45節

★  詩篇21篇1節  主よ、王はあなたの力によって喜び、あなたの助けによって、いかに大きな喜びをもつことでしょう。

★  マルコによる福音書1章45節  しかし、彼は出て行って、自分の身に起こったことを盛んに語り、また言いひろめはじめたので、イエスはもはや表立っては町に、はいることができなくなり、外の寂しい所にとどまっておられた。しかし、人々は方々から、イエスのところにぞくぞくと集まってきた。(口語訳)

■O:今日のコラム

  5月22日の朝です。今日一日が神様の喜びで満ち溢れますようにぃ!

  今日は個人的にとても感謝な喜びの記念日です。神様が僕に直接的な力と助けを与えてくださいました。本当に感謝です。

  助けや救いは、マイナス的な事柄がなければ必要ありません。ピンチやくじけそうな時があるから助けや救いが必要なのです。

  今日の御言葉は、リビングバイブル訳には 「ああ主よ。王はどんなに御力を喜ぶことでしょう。どんなに救われたことに狂喜することでしょう。」

 「イエスにきびしく止められたにもかかわらず、男は、うれしさを抑えきれず、この出来事を大声でふれ回って歩きました。…」と書かれています。

  助けと救いに狂喜する。イエス様から与えられた癒しのうれしさを抑えきれず大声で叫ぶ。以上なまでな喜びを神様は与えてくださるのです。

  昨日の金環日食を見ましたか? あの光景を創造された方が、僕と共にいるために十字架に架かられたのです。
僕と共に過ごすために復活されたのです。僕らの重荷を背負ってくださるのです。苦しみを喜びに変えてくださるのです。

  神様は僕らを喜びで満たしてくださいます。
 
■A:考えてみよう
  今日一日、神様を求めていきましょう。神様を賛美していきましょう。主を自分の外のさびしい場所に追い込むのではなく、神様の元に近づいていこう。




■P:祈り
  イエス・キリストのお名前によってお祈りします。アーメン。

【 ひろみち 】
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2012年05月21日

私の口の言葉と、心の思いとが

■S:今日の聖書の言葉
  詩篇19篇12-14節(同20篇)     

★ だれが自分の数々のあやまちを悟ることができましょう。どうか、隠れている私の罪をお赦しください。あなたのしもべを、傲慢の罪から守ってください。それらが私を支配しませんように。
  そうすれば、私は全き者となり、大きな罪を、免れて、きよくなるでしょう。私の口のことばと、私の心の思いとが御前に、受け入れられますように。わが岩、わが贖い主、主よ。

■O:今日のコラム

  表題に『指揮者のために。ダビデの賛歌』と付いているので、これはダビデの幕屋を建て上げて後の歌でしょう。この頃は多くの賛美奉仕者、指揮者が主に仕えていました。
 
  この頃のダビデにとっての最大の誘惑となっていた罪は、傲慢だったようです。
  それが自分を支配しなければ、私は全き者となる(13節)、とありますから。

  そしてそれは気づきにくい類のものです。姦淫、殺人、盗み、などは自分で感じ易いのですが、自分が高ぶっていることは、何かのきっかけがなければ気づかないものです。(12節)

  そんな私たちの自分の見張り方は、口の言葉と心の思いとが、主に受け入れられますように、という心を持つことです。(14節)

  私たちは、ダビデのスピリットをもって礼拝する、ダビデの幕屋を建て直す運動に参加しています。ならばこのことは、この働きに関わる多くの者にとって教訓とすべきものであるはずです。
 
■A:考えてみよう
  口の言葉と心の思いが、主に受け入れられますように、というへりくだった思い、捧げる思いが傲慢を防いでくれることを覚えよう。




■P:祈り
  イエス・キリストのお名前によってお祈りします。アーメン。

【 まじまこ 】 Clip to Evernote
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2012年05月20日

第一声

■S:今日の聖書の言葉
  詩篇18編1-3節

★  彼はこう言った。主、わが力。私は、あなたを慕います。
  主はわが巌、わがとりで、わが救い主、身を避けるわが岩、わが神。わが盾、わが救いの角、わがやぐら。
  ほめたたえられる方、この主を呼び求めると、私は、敵から救われる。

■O:今日のコラム
 
  18編の表題には「指揮者のために。主のしもべダビデによる。主が、彼のすべての敵の手、特にサウルの手から彼を救い出された日に、この歌のことばを主に歌った。」とありますが、多くの敵から勝利を収め解放を味わった後ダビデが口にしたことばは主への賛美でした。

  うまくいったときの第一声が主への賛美。このことに心を探られます。

  また、ダビデは逆境の時にも主へのありのままの心情を告白し、最終的には揺るぐことのない主を見上げ信頼するという詩を数多く残しています。
 
■A:考えてみよう
  どのようなときにも、わたしたちの第一声を主に捧げ、主とますます深い関係を築いていきましょう。




■P:祈り
  イエス・キリストのお名前によってお祈りします。アーメン。

【 ぺい 】
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2012年05月19日

主を見上げて

■S:今日の聖書の言葉
  詩篇16章5篇(詩篇15章)  

★  主は、私へのゆずりの地所、また私への杯です。…

■O:今日のコラム

  サウル王に追われ、命の危険があったにも関わらず、ダビデの口からは絶えず、主への信頼と希望の言葉が溢れていました。

  最悪な状況で賛美を歌うことは簡単なことではありません。
  しかし多くの場合、賛美や祈りは、苦しい状況の中で主を見上げた時に与えられるものではないでしょうか。

  何もなくて、主だけに頼り、生きていくしかない時にこそ、信仰は生まれます。

  今日の箇所、「主は私へのゆずりの地所、また私への杯です。」の「ゆずりの地所」とは、イスラエル人に対する土地の割り当て地のことですが、レビ人は相続地を与えられず、主ご自身が分け前でした(民数記18章20節)。「杯」は、人生を意味します。

  つまり、「主ご自身が私の受ける分であり、主ご自身が、私の人生の全てです!」という、ダビデの力強い信仰の宣言であり、主へのまっすぐな賛美だったのです。

 「この身とこの心とは尽き果てましょう。しかし神はとこしえに私の心の岩、私の分の土地です。」(詩篇73篇26節)

  主ご自身が相続地であられるなら、私たちの人生は決して不足することはありません。主を持っているなら、私たちは全てを持っているのです!

 「神はキリストにおいて、天にあるすべての霊的祝福をもって私たちを祝福してくださいました。」(エペソ人への手紙1章3節)
 
■A:考えてみよう
  この朝、共に主を見上げよう。自由な祈りと賛美の時間を持とう。聖霊の豊かな満たしを求めよう。




■P:祈り
  イエス・キリストのお名前によってお祈りします。アーメン。

【 ひさえ 】
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