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2013年01月14日

主の油注がれた者を軽んじない

■S:今日の聖書の言葉
  第一サムエル記24章5節(第一サムエル記23章)

★  こうして後、ダビデは、サウルの上着のすそを切り取ったことについて心を痛めた。  

■O:今日のコラム

命を狙われているダビデにとって神が与えたまさかのチャンスが訪れました。
ダビデたちの隠れていたほら穴にサウルが用を足しにやってきたのです。

しかし、ダビデは、サウルの命を取ろうとする部下たちを抑えて、ただ上着のすそを切り取りました。そのことは効果的にサウルに命を奪うチャンスがあったが、見逃して自分がサウルの敵ではないことのアピールになりました。

しかし、ダビデは、切り取ったすそを見るたびに心が痛くなりました。
なぜならば当時、『上着のすそを切る』というのは、不忠、裏切りの意味があったのです。『上着のすそをつかむ』というと、逆に主人に忠実、従順の意味があったそうです。

このことから、油注がれた者に対して、私たちが忠実な心をもっていて欲しいということが分かります。

ただ逆らわない、非難しない(兄弟を批難するなら、それは殺すことと同じであるとイエス様は言っています)ということを越えて、隠れた所でも忠実でありなさいという意味です。

もちろん油注がれたといっても人間であって、間違いはあります。
質問や忠告することもあるでしょう。サウルも間違いを犯していたのは確かです。

しかし、ダビデは攻撃しなかったどころか、不忠の代名詞である『上着のすそを切る』ことを自分がしたことに心が痛んだのです。

■A:考えてみよう

教会の中で油注がれた者である、牧者に対して、忠誠な心を持つ

■P:祈り

イエス・キリストのお名前によってお祈りします。アーメン。

【 まじまこ 】
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posted by shalom3 at 00:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 第一サムエル記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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