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2013年01月09日

「信仰を伴った行動」

■S:今日の聖書の言葉
  第一サムエル記13章12節 (同14章)

★  「敵はすぐにも進撃を開始してくるでしょう。なのに、まだ神様に助けを請うていません。とてもあなた様を待ちきれません。それでやむなく、自分でいけにえをささげてしまったのです。」(リビングバイブル訳)

■O:今日のコラム

サウル王は、約束の7日を過ぎても、サムエルが現れないばかりか、そのことで動揺した軍隊の統制が取れなくなってきたことに、焦りを感じ、自分でいけにえを捧げることを決定し、捧げてしまいました。

はい、サムエルは遅れてました。はい、自分の軍隊は収拾がつきませんでした。はい、ペリシテ軍は今にも攻めこんで来そうでした。そして、運悪く、ペリシテ軍の方が人数においても武器に関しても圧倒的に有利だったのです。

すぐに神様からのおことばを頂きたい!という思いは、非常に良く分かります。

でも、サムエルが来るまで待て、と言われたそのシンプルなことばを、サウル王は軽んじてしまいました。そこで祭司しか捧げてはならないいけにえを早まって自分で捧げてしまったのです。それは、不信仰の行動とも言えるでしょう。

一方で、神さまはヨナタンの信仰に突き動かされました。

「さあ、あの神様を知らない連中を攻めよう。神様が奇蹟を行なってくださるに違いない。神様を知らない軍隊の力など、どれほど大きかろうと、神様には物の数じゃない。」(6節)

ヨナタンは部下たった一人と20人を殺し、そのことが侵略部隊にパニックを起こし、ペリシテ軍全体がうろたえた証拠に右往左往し、終いには同士討ちをするに至りました。神さまがイスラエル軍に勝利を与えられたのは、ヨナタンの信仰のことばと行動によるのです。

サウル王は、今の不利な現状、自分の軍の動揺などなどに目を奪われてしまいました。

でも、ヨナタンは、神さまが共にいるなら、勝利が得られる、神さまにはどんなに多くても、物の数じゃない!という信仰があったのです。

信仰は、「願い事が必ずかなえられるという、不動の確信・・・また、何が起こるかわからない行く手にも、望みどおりのことが必ず待ち受けていると信じて、疑わないこと」(ヘブル人への手紙11章1節)なのです。

■A:考えてみよう

今、神さまの回答が欲しい問題はありますか? 大きすぎると思える壁はありますか?

■P:祈り

一人一人の状況がどういうものであれ、聖霊さまは必要なときに「ある助け」です!
大きい神さまに大きな信仰を持って歩む1年になりますようにお祈り致します。

イエス・キリストのお名前によってお祈りします。アーメン。

【 れいこ 】
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2013年01月08日

自覚を持つ

■S:今日の聖書の言葉
  第一サムエル記11章5節、同12章12章22節(口語訳)

★  11:5  その時サウルは畑から牛のあとについてきた。そしてサウルは言った。「民が泣いているのは、どうしたのか」。人々は彼にヤベシの人々の事を告げた。  

★  12:22  主は、その大いなる名のゆえに、その民を捨てられないであろう。主が、あなたがたを自分の民とすることを良しとされるからである。

■O:今日のコラム

1月8日の朝です。今日も主に感謝を捧げていきましょう。

主があなたをどのように見ておられるのか、正しい自分の立場を知っていきましょう。主があなたを通して栄光をあらわしたいと願っておられるからです。

サウルさんは、王としての油注ぎを受けました。預言者サムエルさんによって、民の前に立ちました。

しかし、その後サムエルさんと王としての準備を始めることをせず、主を求めて待ち望むこともせず、すぐに自分の家に帰り、今までの畑仕事や家畜の世話をしていました。

サウルさんは、王としての油注ぎを軽んじていたのかもしれません。贈り物をしてこなかったよこしまな者たちに何も言わなかったのは、自分もそう思っていたからだと思います。自分が何者なのかはっきりと自覚していなかったのです。

聖霊様によって、預言を語ったり、初めての戦いで大勝利を納めましたが、それでも自信がありませんでした。イスラエルの最も小さいベニヤミン族のさらに小さい一族出身の大男として、本当に王となる事への準備から逃げていました。

僕も同じような思いを持つことばかりです。でも主は、主があなたをどのような立場として見ているのかを知って、自覚してもらいたいと願っています。

神様は、無条件で神様の大いなる名のゆえに、「我が民」と呼んでくださいます。
イエス様の十字架と復活の福音によって、信じる僕らは天のお父さんの子供です。神様の子供としての権威が与えられています。(ヨハネによる福音書1章12節)

祈りのなかで、神様を天のお父さんと呼ぶことができます。そして、イエス様の花嫁となる特権も与えようとしてくださっています。

僕らは、自分の立場を自覚し、その立場に相応しい者へと聖霊様によって変えていただく必要があります。主に一つ一つ正しい方向へと導いていただく必要があります。主御自身を求めていく必要があります。

主があなたを通して栄光をあらわしたいと願っておられるからです。

■A:考えてみよう

自分の立場を知ることができるように祈ろう。

今遣わされている場所で、ただ主を恐れ、心をつくして、誠実に主に仕え、主の恵みを賛美していくためにはどうしたら良いのか祈っていきましょう。

■P:祈り

イエス・キリストのお名前によってお祈りします。アーメン。

【 ひろみち 】
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2013年01月07日

井戸に水を汲みに来た娘

■S:今日の聖書の言葉
  第一サムエル記9章11節(同10章)

★  彼らはその町の坂道を上って行った。水を汲みに出て来た娘たちに出会って、「ここに予見者がおられますか。」と尋ねた。

■O:今日のコラム

サウルがサムエルと出会うためにやってきました。ここでサウルは、水を汲みにやってきた娘たちに声をかけました。水を汲みに来た彼女たちは、イスラエルの王に出会ったのです。

聖書では、水を汲みに来る娘が運命的な出会いをする話がたくさん出てきます。

イサクの妻、リベカも井戸に水を汲みに来て、アブラハムのしもべと出会いました。イサクの子ヤコブもラケルと出会ったのは、ラケルが井戸に来た時です。モーセとチッポラも井戸で出会いました。サマリヤの女もイエス様と出会ったのは井戸です。

井戸は、尽きることのない泉である主から水を飲む場です。ここに来れば、いのちの水を飲むことができます。

井戸に水を汲みに来るとは、主の御前に出て祈ることです。霊的に潤うと実際の生活も潤います。

また井戸とは運命的な出会いの場です。もちろん一番大切な方、主と出会う場です。また霊的な出会いとともに実際の出会いもそこにはあるでしょう。

人との出会いは、人生の大きなターニングポイントとなることがあります。

私たちの人生に主からの運命的な出会いを求めるなら、祈りの生活が大切です。

シャローム教会ならば、早天の祈りは、朝早く井戸まで水を汲みに来ることです。主を求めるものには、私たちの予想を超えた恵みが用意されていることを信じます。

■A:考えてみよう

祈りの生活によって、ご自身の計画の道に主が導いてくださることを信じ感謝しよう!

祈りの生活をさらに喜びと期待を持って取り組もう! 

■P:祈り

イエス・キリストのお名前によってお祈りします。アーメン。

【 まじまこ 】
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