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2011年01月17日

感謝の心

■S:今日の聖書の言葉
サムエル記 第一 30章26節(サムエル記 第一29章)
ダビデはツィケラグに帰って、友人であるユダの長老たちに分捕り物のいくらかを送って言った。「これはあなたがたへの贈り物で、主の敵からの分捕り物の一部です。」


■O:今日のコラム
 師走は皆さん忙しかったことと思います。何しろ師も走る月です。そして年末といえば恒例なのが年賀状書きです。筆無精の私も若干の踏ん張りで、久々にたくさんの字を書きました。
 しかし、これは普段感謝を言えない人に感謝を示す大切な機会、普段つながりが薄くなっている人にアプローチできるありがたい機会です。(そう思えない頃は苦痛でしかありませんでしたが)今年は、去年より多く年賀状を出せたことに満足しています。
 サムエル記に戻りますが、ダビデは大勝利を収めました。多くの戦利品を獲得したダビデは、今までお世話になった人たちに感謝の贈り物をしました。ここに年賀状に通じるものを感じました。ダビデは、多くの賛美を残し、誰しもが認める、主に感謝する人物でした。と同時に人々への感謝にもおこたりの無い人物だったのです。
 主は私たちに、すべてのことについて主に感謝するように、と語られています。しかし、人に対しても感謝できているでしょうか?私のように、案外身近な人(特に妻。)への感謝を忘れていたりしないでしょうか?感謝することで主との関係がどれだけ良くなったとしても、人に感謝できなければ人との関係はよくなりません。主には感謝できても、身近な人には感謝できないなんてことはないでしょうか?
 主の願いは、主との愛し合う関係を回復することと共に、人々と互いに愛し合う関係を回復することです。


■A:考えてみよう
人に感謝する機会を無駄にしない。主に感謝する習慣を身につけるとともに、人に感謝する習慣をつける。



■P:祈り
主よ。私がいつでも、主と人に、気持ちよく感謝を示すことができますように。その力を与えてください。
イエス・キリストのお名前によってお祈りします。アーメン。


【まじまこ】

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2011年01月16日

理解に苦しむ時

■S:今日の聖書の言葉
サムエル記 第一 27章11節(サムエル記 第一28章)
アキシュが、「きょうは、どこを襲ったのか。」と尋ねると、ダビデはいつも、ユダのネゲブとか、エラフメエル人のネゲブとか、ケニ人のネゲブとか答えていた。


■O:今日のコラム
 この世に生きている中で私達は、理解に苦しむような出来事に遭遇する事があるものです。人の態度や行動に対して「なんでこんなことするの?」と思う事が必ずあります。今日の1サムエル記27章の中でダビデは、今までの彼の誠実さや忠実さからは考えられない、理解できないような行動をとります。
 彼はサウルから逃れる為に敵のぺリシテ人の地に逃亡します。そこでぺリシテの王アキシュの元に身を寄せ、彼は600人の部下と共に護衛兵として敵の地に迎えられました。しかし、そこでの1年4ヶ月の生活は、ダビデにとって偽りと暗闇に満ちた時となりました。この期間ダビデは、様々な町や村を略奪し、そこの住民を皆殺しにしては、自分の一時的な領主となったアキシュに対して、「イスラエルの民を討ち取って来た。」と偽りの報告をし続けて信頼を得ていました。
 この27章のダビデの行動は、理解に苦しみますが、しかし、ダビデとしても完璧なリーダーではなく、恐れや弱さや不完全さに満ち溢れた信仰者だった事を知る事が出来ます。聖書の中で神様から大きく用いられた信仰者達はみな、完璧な人間だったわけではなく、様々な弱さを持っていました。アブラハムは自分の身を守る為に2度までもウソをつき、ダビデも多くの失敗をし、ペテロやイエス様の弟子達も様々な失敗を繰り返しました。それでも、彼らが神様から愛され、用いられた理由は、何度も悔い改めと共に、いじらしくなるぐらい大胆に神様を愛し求めたからでした。
 私達は多くの場合、一つの弱さや、一時的な失敗によって簡単に人を見限ったり、判断したり、評価したりしてしまうものです。しかし聖書にはこの様に書かれています。「あなたはいったいだれなので、他人のしもべをさばくのですか。しもべが立つのも倒れるのも、その主人の心次第です。このしもべは立つのです。なぜなら、主には、彼を立たせることができるからです。」(ローマ14:4)。今年の目標「For One Life」を実行するにはいつでもこのような心を持つ必要があります。一人の人が主と出会い、信仰が確立し、成長する為には多くの時間がかかり、必ず多くの弱さや失敗もつきものです。
 自分自身に対して、また家族や関わる人に対して私達はこのようなものの見方をする時、簡単に人を裁き評価する者ではなく、あきらめないでとりなし祈る者となる事が出来ます。そして、私達のその忍耐と祈りは、必ず主によって大きな祝福の実を結び、豊かに報われる日が来る事となります。


■A:考えてみよう
今、人に対して、また自分自身に対しても「何でこんな事が?」と理解に苦しむような事はありませんか?その事の為に怒ったり失望する代わりに、主に祈り、主に願う時を持ちましょう。



■P:祈り


イエス・キリストのお名前によってお祈りします。アーメン。


【しんご】

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2011年01月15日

祝福する

■S:今日の聖書の言葉
サムエル記 第一 25章34節(サムエル記 第一26章)
私をとどめて、あなたに害を加えさせれなかったイスラエルの神、主は生きておられる。


■O:今日のコラム
 家族や学校、職場などにおいて、人間関係にトラブルが生じる時、どのようにしてその問題を解決することが出来るでしょう。その秘訣が今日の聖書にあるダビデとナバルの物語の中にあります。
 ダビデは、恩を仇で返してきたナバルに対し腹を立てました(21〜22節)。やがてその怒りはナバルへの復讐心へと発展し、ダビデは武装した400人を連れて、ナバルとその一家全員殺すことを企てました。そんな悲劇を止めたのが、ナバルの妻、アビガイルの行動でした。アビガイルは、自分たちを殺そうとしているダビデに会いに行き、悔い改め、ダビデの祝福を祈りました。その結果、何が起こったでしょう。この問題の中に主が働かれました。まず、主はダビデの怒りの感情をおさめました。それだけでなく、ダビデが怒りに身を任せて復讐しようとした自分の軽率さをも認めたのです。ナバルに関しては、主ご自身の手でさばかれました(38節)。
 主が介入されるならば、主の不思議な方法によってどんな問題をも解決されると信じます。だから、批判することではなく、アビガイルがしたように相手の祝福のために祈りましょう。そして、自分の手でなんとかしようとするのでなく、全てを主の御手に委ねていきましょう。「主」がその問題を解決されるのです。
 

■A:考えてみよう
今、関係が悪くなっている人はいるでしょうか。その人の祝福を主に祈ってみませんか。



■P:祈り


イエス・キリストのお名前によってお祈りします。アーメン。


【ひさえ】

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