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新宿シャローム教会ホームページ

2011年08月07日

■S:今日の聖書の言葉
   第二歴代誌36章16節 (第二歴代誌35章)
★ 「ところが、彼らは神の使者たちを笑いものにし、そのみことばを侮り、その預言者たちをばかにしたので、ついに、主の激しい憤りが、その民に対して積み重ねられ、もはや、いやされることがないまでになった。」

■O:今日のコラム
 
  以前、友人から「罪を犯す人間と、その人間を許す神は凧上げの凧と凧を上げる人の関係みたいだ。」ということを聞きました。
  聞いたときは、一体どうゆうことだ!と思いましたが、友人の説明を聞いてすごくわかりやすかったのシェアさせてください。
 
  友人が言っていたのは、凧は人間を現わしていて、自分の力で空を飛び、どこかへ飛んで行ってしまうでもなく地面から離れすぎず悠々と空を飛んでいると思っている。
  一方で、凧上げをしているのは神様で、いつも凧を見守って、離れないように離れないようにといつも紐を握っていてくださっています。

  そして、罪を犯すことは凧が好きな場所に行きたいがゆえに自分を繋げてくれている紐を自ら切り、神様から離れていくことだそうです。(紐を切ったとしても、結局は凧は自分をどこかに連れてってくれるのは風である聖霊様です。)
  そして、どこかにふらふら行ってしまうにも関わらず、聖霊様は必ず神様の元に戻してくださって、いつなんどきも神様はちぎれた紐を結んで下さいます。
  その結ばれた紐の長さ分だけ、神様に近づくことが出来る、ということらしいです。

  この話を聞いたときかなり感動しまし、罪とは交わることの出来ない神様が、イエス様を通して私たちに神様に近づくこと許して下さったこと、聖霊様を私たち残して悔い改めを促し、神様に戻ってくるようにしたこと、罪さえも神様の絶大な愛にもう一度気がつくチャンスに変えてくれたことに感謝しました。

「従って、今や、キリスト・イエスに結ばれている者は、罪に定められることはありません。(ローマ人への手紙8章1節)」と書いてある通り、クリスチャンはもちろん既に罪赦された者です。
  そして、自分では決して得ることの出来なかった永遠の命を受けとりました。

  しかし、この話に書いたある通り、私たちはすぐ自分の意のままにと思って、自分がつながってる紐を切ってしまいます。
  そのような場合、今日の御言葉に書いたある通り、私たちは罪の報酬をなんらかの形で刈り取るというのが同時に神の国の法則です。
  凧が自ら紐から離れていったとき、きっとなんかしらの痛みがあったと思います。紐から離れて風に揺られて吹き飛ばされたときも痛みをおったと思います。

  罪を犯すとき、私たちは神様から離れるので、必ずなにかしらの痛みを負い、蒔いたものを刈り取ります。
  なので、罪を犯さないことがベストかもしれませんが、誰一人完璧にはなれません。
  紐を切って神様から離れたときは、すぐに風の促しに従って神様の元に戻ることが必要だと思いました。
  そして、いつなにが起きても結び直しくださる神様に、その赦しの度に神様の愛の大きさを教えてくださいと祈りたいですね。
 
■A:考えてみよう
  
  主は悔い改め神様の元に戻るとき、必ず私たちを赦して下さいます。
  しかし、「人が犯す罪や冒涜は、どんなものでも赦されるが、霊に対する冒涜はゆるされない。人の子に言い逆らうものは赦される。しかし、聖霊に言い逆らう者は、この世でものちの世でも赦されることがない(マタイの福音書12章31節)」と書いてあることも同時に事実です。

  聖霊様は「真理の御霊です。(ヨハネの福音書14章17節)」と書いてあるように人間が何者であるかを悟らせ、悔い改めを促します。
  その聖霊様に対する罪に対しては、神様は厳しく取り扱われます。
  歴代誌はどのようにユダ王国が滅びるかに関して記載されている章ですが、イスラエル人達は悔い改めがなかったため神様の怒りから免れることはなく、何十年も自分達の土地から離れざるを得ませんでした。

  いろんなことに対する悔い改めが私自身もありますが、神様から離れる罪には特に敏感になって、神様に届く悔い改めの祈りをひたすら続けていきたいですね。




■P:祈り
  イエス・キリストのお名前によってお祈りします。アーメン。

【 れな 】

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2011年08月06日

主のもとに帰ろう

 

■S:今日の聖書の言葉

  第二歴代誌33章12−13節 (34章)

 

 

★  しかし、悩みを身に受けたとき、彼はその神、主に嘆願し、その父祖の神の前に大いにへりくだって、神に祈ったので、神は彼の願いを聞き入れ、その切なる求めを聞いて、彼をエルサレムの彼の王国に戻された。こうして、マナセは、主こそ神であることを知った。

 

 

 

■O:今日のコラム

 

  主に背いて罪を犯し続けるマナセに、主は何度も何度も語り続けます。しかしマナセは、主の語りかけを聞こうともしません(10節)。ついにマナセの上に大きな苦難がふりかかります。

  マナセはこの苦難の中で、ついにへりくだり、悔い改めて主に立ち返りました。あわれみ深い主は、マナセの切なる祈りを聞き入れ、彼を苦しみから助け出されます。こうしてマナセは「主こそ神」であることを知りました。

 

  主は、時には私たちが苦しみや試練の中を通ることを許されます。なぜでしょう。

  それは、試練を通して、私たちが主に方向転換するためです。  

  主は、私たちが帰って来るのを首を長くして待っておられます。また、その苦しみを代わりに背負いたいと願っておられます。それほどまでに私たちを愛して下さっているのです。

 

  主は苦難の中で、「私のもとに来なさい」と絶えず語りかけておられます。

  主のもとに帰りませんか。

 

■A:考えてみよう

  心を静め、主の声に耳を傾けよう。

  また、神様への賛美である詩篇を朗読しましょう。

 

 「神はわれらの避け所、また力。苦しむとき、そこにある助け。それゆえ、われらは恐れない。たとい、地は変わり山々が海のまなかに移ろうとも。」(詩篇46:12)

 

■P:祈り

  イエス・キリストのお名前によってお祈りします。アーメン。

 

【 ひさえ 】

 

 
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2011年08月05日

へりくだり

■S:今日の聖書の言葉
  第二歴代誌32章:24-25節(第二歴代誌31章)    
★  そのころ、ヒゼキヤは病気になって死にかかったが、彼が主に祈ったとき、主は彼に答え、しるしを与えられた。ところが、ヒゼキヤは、自分に与えられた恵みにしたがって報いようとせず、かえってその心を高ぶらせた。そこで、彼の上に、また、ユダとエルサレムの上に御怒りが下った。

■O:今日のコラム

 「のどもと過ぎれば熱さ忘れる」ということわざがありますが、歴代誌に登場する王達の態度は、まさにこの言葉がぴったりと合うのではないでしょうか?
  今日の第二歴代誌32章には、ヒゼキヤ王の輝かしい勝利と、国々から受ける尊敬、また死の病から癒され奇跡を体験した恵みの記事が記されていると共に、彼の残念な信仰の姿勢も記されています。それがこの24節〜25節の出来事です。
  
  ヒゼキヤ王は全てが上手く行った時、その心を高ぶらせました。その結果、神様の御怒りがユダとエルサレムの全土に下る事となりました。
  私達が聖書の様々な出来事の教訓として覚えておく必要のある事は、上手く行った時ほど注意が必要だという事です。
  山は登る時よりも、降りる時の方がケガをする危険性が高まります。なぜなら登頂した時に、「成し遂げた」という満足感を得る為に注意力が減るからなんだそうです。

  私は先日、神様のあわれみと恵みの中で40日断食を終える事が出来ました。しかし、気づいたのは40日断食するよりも、ゆっくり体調を戻していく事の方が大変だという事です。
  十分に気をつけて食事をしているものの、少し食べると急に休んでいた臓器が動き始めるので、頭が痛くなったり、体が疲れたりする事を感じました。
  この事からも、何かを成し遂げた時や、与えられた時こそ、へりくだらないといけないという教訓を改めて学ばされました。

  以前に、家で祈りの時間を持っている時、一つの幻を見ました。それは「御国の門」についての幻だったのですが、その門は進めば進むほど小さくなっていきます。
  始めは普通に入れても、奥に行くにつれ腰を曲げないと進めず、最終的には地面にひれ伏して小さくならないと前に進めないという幻でした。
  この事を通して神様は「あなたが祈れば祈るほど、へりくだらなければ前に進めない。あなたが恵みを味わえば味わう程ヘリ下りが必要だ。」という事を教えて下さいました。
  
  私達のクリスチャンとしての成長において最も大切な事は、成長するほど自分が立派に見られるのではなく、イエス様の栄光しか見えなくなるという事です。
  バプテスマのヨハネが言った様に、私達は衰え、イエス様はますます盛んになる必要があります。

  このへりくだるという事を私達の人生をかけて取組んでいく大切な神様からの宿題としましょう。
  そして何よりもへりくだる為には、主の御前に進み出てこの方を礼拝し、主の御元にひれ伏して、聖霊様によるへりくだりを受け取る事が必要です。
 
■A:考えてみよう
  今日も神様と共に時間を過ごし、主ご自身からへりくだりの心を受け取りましょう。




■P:祈り
  イエス・キリストのお名前によってお祈りします。アーメン。

【 しんご 】

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