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2011年09月05日

人を恐れるのではなく、主を恐れる

■S:今日の聖書の言葉
  箴言29章25〜26節(テモテへの手紙 第一 5章)
★  人を恐れるとわなにかかる。しかし主に信頼する者は守られる。支配者の顔色をうかがう者は多い。しかし人をさばくのは主である。

■O:今日のコラム

 自分の上司やボスに良い顔をしてやり過ごしたいという心を持ったことのある人は多いはずです。上司から良い評価を得るためならちょっと位ズルくてもいいというような心です。
  しかし、その上司やボスは、本当は知っています。そういう人物は信用出来ないということを。
 
 「変革の鍵」を書かれた、エド・シルボソ先生は、以前アルゼンチンの国際ホテルの経営部門で成功していました。
  しかし、彼には一つ耐え難いことが社内ルールにありました。
  それは、アメリカ人が母国に国際電話をかける際に不当に高い料金を請求しなくてはならない、ということでした。

  基本的にそのような電話を断ることで対処していましたが、どうしても断れない事態に陥りました。周囲が見つめる中、彼はきっちりと計算して、正当な料金を請求しました。そして、その二時間後、烈火のごとく怒った上司に猛烈な悪口を浴びせられ続けました。恐らく「お金をごまかしているだろう!」などとも言われたと思われます。

  彼は主に助けを求めました。彼に発言のチャンスが与えられた時、彼の口にはこのような言葉が与えられました。
  「もしも私が秘密にしていれば絶対にばれないような不当な水増し請求を、自分の地位を危険にさらしてまで拒否し続けているのなら、私が会計をごまかしたりするはずがないのではないでしょうか。」と。上司は何も答えませんでしたが、彼は数日後、会社の幹部会のメンバーに抜擢されたそうです。

 私たちが三十倍、六十倍、百倍の実を実らせることを邪魔する筆頭は、富の惑わしやいろいろな欲望ではなく、意外なことに世の気遣いです(マルコの福音書4章19節)。私たちは、人の前に生きる以上に、主の御前に生きていることを意識すべきです。人を恐れるのではなく、ただ神である主を恐れる(中心とする)べきです。
  主とともに歩むいのちを味わい、楽しむことを願っているならば、特にそうすべきです。

  人から評価されることから解放されましょう。自分で自分の評価をすることからも解放され、ただ主の御前に歩みましょう。人をさばく(評価する)のは主だからです。
 
■A:考えてみよう
  人からの評価、評判など気にせず、ただ主の御前に歩みましょう。人を恐れるのではなく、ただ神である主を恐れましょう。




■P:祈り
  イエス・キリストのお名前によってお祈りします。アーメン。

【 まじまこ 】

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2011年09月04日

罪を捨てる

■S:今日の聖書の言葉
  箴言28章(テモテへの手紙 第一 4章)
★ 「自分のそむきの罪を隠す者は成功しない。それを告白して、それを捨てる者はあわれみを受ける。」

■O:今日のコラム
  
  おはようございます!
  この御言葉を読んだとき、「罪を捨てる」という表現があることにびっくりしたと同時に、横に英語で記載されていた「捨てる」に対応する言葉が「renouoce」であることを知りました。
  この「renouoce」と言う言葉を辞書で調べたところ、意味としては1に〔習慣など〕をやめる、2に…を正式に放棄する、 という意味を持つ単語であることを知りました。

  まず、一点目の「〔習慣など〕をやめる」ということに関してですが、以前読んだ本に、「小さい頃にビー玉で遊んでたときは、こんな面白いことにはもう一生出会えない!と思っていた。
  けれど、小学校に入って始めたバスケットボールに夢中になったときはとたんにビー玉なんて見向きもしなくなった。そして、大学生になり彼女ができたからにはビー玉なんてもちろんバスケットボールにも見向きもしなくなった。

  ビー玉やバスケットボールを罪として話すのはおかしいかもしれないけど、人は罪に縛られているときは、そこから解放されることを考えることができない。しかし、それ以上に興味のあるものが出てくるとき、葛藤もなく解放される。罪を防ぐのは、自分の努力ではなく、イエス様に目を向けるとき、私たちをとらえていた罪が興味のないものとなり、ついには手放すようになる。」と書かれていました。

  イエス様を知ることが、私たちが罪から遠ざかり、その習慣から離れることのできる唯一の方法であることを改めて知らされました。

  また、二点目の「…を正式に放棄する」ということに関してですが、私はよく「あー罪だーやってしまったー。あーあー」となって、そこから罪を許すことのできる神様を忘れ、自分を責めうじうじして余計神様から遠ざかってしまうことがあります。
  しかし、神様はこの御言葉にあるように正式に(法的にという意味と同義語らしいです)破棄することができる方であることをしっかり知り、ことごとく悔い改めを持って、神様のもとにいつ何時も帰りたいと思いました。
 
■A:考えてみよう
  毎日一瞬一瞬、悔い改めをして神様から一時も離れることがないように祈っていきましょう。




■P:祈り
  イエス・キリストのお名前によってお祈りします。アーメン。

【 れな 】

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2011年08月30日

神様との関係

■S:今日の聖書の言葉
  箴言23章26節(ルカによる福音書23章)
★  わが子よ。あなたの心をわたしに向けよ。あなたの目は、わたしの道を見守れ。

■O:今日のコラム
 
  良い8月30日の朝ですか?今日も神様の道を見守っていきましょう。神様が、僕らに深く関わりたいと願っているからです。

  神様は、僕ら一人一人に「わが子よ」と語りかけてくださいます。あなたは神様の子供です。神様が計画を持って、今、あなたを今いる場所に置かれました。僕らは、神様から愛される存在として、神様との良い親子関係を築くために、生きています。

  だから、僕らは心を神様に向ける必要があるのです。僕らの目は、自分勝手な場所を見るのではなく、神様の道を見守る必要があるのです。僕らは、神様の計画を信じて、神様にすべてをゆだねて生きることができます。神様が僕らのお父ちゃんです。

  神様は、僕らと親しい親子関係を築きたいと願っています。イエス様の十字架によって、神様と僕らの間にある幕は取り去られました。

  神様は、今日もあなたに「わが子よ」と語りかけてくださいます。

■A:考えてみよう
  今、神様に心の目を向けましょう。神様がお父ちゃんであるならば、あなたには何ができますか?




■P:祈り
  イエス・キリストのお名前によってお祈りします。アーメン。

【 ひろみち 】

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