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2011年10月09日

私たちの本分

■S:今日の聖書の言葉
  伝道者の書12章13節(第一テサロニケ人への手紙4章)
★  結局のところ、もうすべてが聞かされていることだ。神を恐れよ。神の命令を守れ。これが人間にとってすべてである。

■O:今日のコラム

 これ、ものすごく力強い御言葉ですよね。リビングバイブル訳には、こう書かれています。
「これが私の最終的な結論です。神様を敬い、その命令に従いなさい。これこそ人間の本分だからです。」

  本分って…この言葉の意味を知ってる人は沢山いると思いますが、私は日本語が不得意なので、辞書で一応「本分」の意味を調べてみました。
  そしたら、「その人が本来尽くすべきつとめ・義務」ですって!!(知ってるよ!!って突っ込む人いるかな…笑)
 
  私たちのつとめとは、ずばり神様を敬い、その命令に従うことだけなんです。それが、すべてなんです。
  伝道者の書で初めから最後まで、ソロモンはすべては「空の空」と言っています。すべての富や名声などを得て栄えていたソロモンが、すべては空しいと言っているのです。人生は空の空。じゃ、人生ってなんなんだ???ってことですよね。
 
  そこで、ソロモンが最終的に伝えたかったこと。それは、ただ神様を敬い、礼拝し、神様の命令を守ること。それこそが、人生なんだってことだと思います。
  人生とは、自分の力でがんばって成功や幸せをつかむことでもない。ただただ、神様を敬い従うことが、人生のすべてだということです。
 
  ここで言っている神様の命令とは、モーセの十戒ですが、イェス様がすべての命令の中で一番大切な命令は「心を尽くし、思いを尽くし、知性を尽くし、力を尽くして、あなたの神である主を愛せよ。」で、次に大切なのが「あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ」です。(マルコの福音書12章30‐31節)
  というか、十戒のすべてはこの2つのどっちかに当てはまるんで、この2つが神様の命令ってことになります。
 
  もう何回もこの短い文章の中で言っていてくどいかもしれませんが、また言います。
  私たちのつとめ、義務、それは、私たちすべてを持って神様を愛し、その愛で周りの人々を愛す。それが、人生でありすべてなのです。この基礎に毎日立ち、日々神様と共に歩んでいきましょう!
 
■A:考えてみよう
  
  セルグループや愛する兄弟姉妹たちと神様を愛する心が冷めることがないように、祈り合い励まし合いましょう。
  そして、今週一週間、神様の命令を思い出し、神様を愛し求め、周りの人々を愛していきましょう。

  時には愛がなくて、どう神様を、または周りの人々を愛すればいいか分からないかもしれません。
  そういう時は、まず、神様の愛、また十字架の恵みに目を留めましょう。神様の愛はいつもあなたに注がれています。




■P:祈り
  主よ、毎日あなたを求め、あなたを愛します!それが、私の本分です!
  イエス・キリストのお名前によってお祈りします。アーメン。

【 かよ 】

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2011年10月04日

心を留めるべきことば

■S:今日の聖書の言葉
  伝道者の書7章21節(コロサイ人への手紙3章)  

★  人の語ることばにいちいち心を留めてはならない。あなたのしもべがあなたをのろうのを聞かないためだ。

■O:今日のコラム

  良い10月4日の朝ですか? 今日も神様に感謝し、神様の約束に心を留めていきましょう。神様が僕らに計画を持っているからです。

  僕らは、人の語ることばによって、励まされ、傷つき、良い方向を向いたり、悪い方向に向かっていったりしてしまいます。また、僕らが、相手に反対のことをしてしまいます。僕らは同じ口から、神様を賛美し、人をのろってしまうのです。

  しかし、僕らは、いつも心を留めるべきことばがあります。それが、聖書のことばです。神様のことばです。神様があなたをどの様に見ているのかを知ることです。イエス様が十字架に架かられるほどあなたを愛していることを心に留めるのです。

  聖書のことばに心を留める時、僕らは正しいアイデンティティを見続けることができます。感謝にあふれる賛美ができます。他人ののろいに自分を左右されなくて良いのです。

 「キリストのことばを、あなたがたのうちに豊かに住まわせ、知恵を尽くして互いに教え、互いに戒め、詩と賛美と霊の歌とにより、感謝にあふれて心から神に向かって歌いなさい。あなたがたのすることは、ことばによると行いによるとを問わず、すべて主イエスの名によってなし、主によって父なる神に感謝しなさい。」(コロサイ人への手紙3章16、17節)

  イエス様のことばを豊かに住まわせ、神様に感謝の賛美をしていきましょう。
 
■A:考えてみよう
  
  みことばを宣言していこう。神様に賛美していきましょう。
  神様に目を向けるならばあなたは何ができますか?




■P:祈り
  イエス・キリストのお名前によってお祈りします。アーメン。

【 ひろみち  】

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2011年10月02日

「主の家」

■S:今日の聖書の言葉
  伝道者の書5章16-17節(コロサイ人への手紙1章)

★ 「母の胎から出て来たときのように、また裸でもとの所に帰る。彼は、自分の労苦によって得たものを、何一つ手に携えて行くことができない。これも痛ましいことだ。出て来たときと全く同じようにして去って行く。風のために労苦して何の益があるだろう。」

■O:今日のコラム
 
  以前(正直に言うと今も時々ですが)、会社に行くことがどうしようもなくつらくなってしまった時がありました。
  その時に必ず湧き上がってくる思いが「こんなことしていて意味があるのか」という問いです。

  いくらお金を稼いでも、いくら地位を得ても、この聖書の箇所に書いたあるように「母の胎から出て来たときのように、また裸でもとの所に帰る」ことになるなら、なるべく楽なことをして、家族や自分の好きな人と過ごすほうが大切なんじゃないか、こんなに働いて意味があるんだろうかといつも同じ屁理屈が自分から出てきます。

  そんなとき、ある人に「イエス様はもう会社にいるんだよ。何も出来なくてもいい、何もしなくていいから、とにかく会社に行け! 座ってなさい!」と怒られたことがあり、そのとき本当にはっとしました。

  私たちは、イエス様が用意してくださった使命が、置かれている場所がどんなに苦しく狭く見えても、そこにイエス様が既におられるなら、私たちはそこにいるべきだと思いました。人間的に考えて楽な場所は、イエス様がいない限りはそこに平安がなく、自分が想像した楽さはそこにはないということも知りました。

  確かに今日の聖書の箇所にある通り、私たちはどんな地位も名誉もお金も経験も、裸でもとの場所に戻るときに何も手に携えていくことはできませんが、この地上でイエス様と過ごした時間は、天国に持っていけるような気がしました。

  それをもって、天国でイエス様に会うときはもはやイエス様と初対面ではなく、再会となり、この地上で一緒に過ごした日のことを話したりしたいなぁと思いました。
 
■A:考えてみよう

  ダビデが詩篇で「わたしは主に一つのことを願う。わたしは一つのことを願い求める。命あるかぎり、日ごとに主の家に住み、主の麗しさを仰ぎ見、神殿の中で暁に目覚めたい。」と言っているように、
  私たちが願い求めている「主の家」、「神殿」は、もうすでに今いる場所に主がいてくださってることによって、既にそこにあることを信じていきましょう。




■P:祈り
  イエス・キリストのお名前によってお祈りします。アーメン。

【 れな 】

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