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新宿シャローム教会ホームページ

2011年10月24日

みことばの性質

■S:今日の聖書の言葉
  ダニエル書12章8-9節(ダニエル書11章)

★  私はこれを聞いたが、悟ることができなかった。そこで、私は尋ねた。「わが主よ。この終わりは、どうなるのでしょう。」彼は言った。「ダニエルよ。行け。このことばは、おわりの時まで、秘められ、封じられているからだ。

■O:今日のコラム
 
  夢と幻を解き明かす賜物を持ち、世界一の超大国の中でも並ぶもののないほどの知恵に満ちた男、ダニエル。その円熟した晩年においてさえ、主の計画は聞いただけでは完全に悟ることが出来ませんでした。それは神の意志によって封じられていた、と書かれています。
 
  みことばには、時が来るまでその理解が秘められることがあるのです。特に預言は後のことが語られるという性質上、後の人々にその理解の扉が開かれていることがあります。しかし、それはただ単に時間が立てば理解できるというものというより、そこには主が解き明かしを与えるときまで秘めておられるということではないでしょうか。

  私たちは、みことばからある理解が与えられると、「その言葉はもう理解してしまった。そこから学ぶことはもうない。」と思ってしまいがちです。また理解できなかったところは、「また読んだところで意味は分からないだろう。」と思いがちです。

  しかし、みことばには、時が来るまで意味が秘められることがあるのです。そのときとは、今日かもしれません。
  主に祈り求め、今日読む通読箇所から新しい理解が得られるように求めましょう。主は、その祈りに応えて理解が来るのを早めてくださいます。
 
■A:考えてみよう
  みことばの不思議さを理解し、祈り求めつつ読もう。




■P:祈り
  イエス・キリストのお名前によってお祈りします。アーメン。

【 まじまこ 】

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2011年10月23日

私達の呼び名は何?

■S:今日の聖書の言葉
  ダニエル書10章19節(ダニエル書9章)   

★ 「神に愛されている人よ。恐れるな。安心せよ。強くあれ。強くあれ。」彼が私にこう言ったとき、私は奮い立って言った。「わが主よ。お話しください。あなたは私を力づけてくださいましたから。」

■O:今日のコラム
 
  天国でのダニエルの呼び名は「神に愛される者」でした。ダニエル記の9章、10章の中で御使い達が、また神様ご自身が繰り返しダニエルの事を「神に愛される者」と呼んでいます。
  もし、自分の呼び名が天国でこの様に呼ばれているなら何と素晴らしい事でしょうか!

  ダニエルがこの名前で呼ばれるようになった理由は何でしょうか?
  それは、ダニエル自身が心を尽くして主を愛し、主を追い求めて祈りの生活をしていた事にあります。

  神様は分け隔てなく全ての人を愛しておられるお方です。しかし、それと同時に聖書の中には主から特別に愛された人々が登場します。エノク、ノア、アブラハム、サムエル、ダビデ、ペテロやパウロ・・・その他にも多くの主に愛された信仰者達が登場します。

  彼らは、特別に力や能力があったから主に愛されたのではなく、彼らは心を尽くして、何を脇に置いても神様を愛し、追い求める心を持った人々でした。そんな彼らを神様もすべてをかけて愛されたのでした。

  聖書には主を愛する事に関して、このように書かれています。

 「わたしを愛する者を、わたしは愛する。わたしを熱心に捜す者は、わたしを見つける。」(箴言8章17節)
 「人が神を愛するなら、その人は神に知られているのです。」(第一コリント人への手紙8章3節)
 「神に近づきなさい。そうすれば、神はあなたがたに近づいてくださいます。」(ヤコブの手紙4章8節)

  今日、主から命がけで愛されていることを覚えると共に、私達も自分の全てをかけて主を愛する者となることを共に目指しましょう。
  そのような歩みをする時、私達もダニエルと同じように天国で 「神に愛されている人」 と必ず呼ばれる様になるでしょう。

  いつの日か天の御国で、主は御使い達の前で、私達がどれだけ主を愛し、主を追い求める者だったかを高らかに言い表して下さる事となります(黙示録3章5節)。

■A:考えてみよう

  今日のそれぞれ出席する礼拝を、何よりもイエス様を愛し・求める心を持って臨もう。
  全ての賛美、祈り、人との関わりを、絶えず主を愛する心で行おう!




■P:祈り
  イエス・キリストのお名前によってお祈りします。アーメン。

【 しんご  】

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2011年10月22日

見つめ続ける

■S:今日の聖書の言葉
  ダニエル書7章14節(ダニエル書8章)

★  この方に、主権と光栄と国が与えられ、緒民・緒国、緒国語の者者たちがことごとく彼に仕えることになった。その主権は永遠の主権で過ぎ去ることがなく、その国は滅びることがない。

■O:今日のコラム
 
  この章はダニエルが見た幻について書かれています。ヨハネの黙示録を読んだことがある方は、分かると思いますが、ヨハネがバトモス島でみた幻と非常に似ています。そして終末の時代に対する預言であるとも言われています。

  読み進めていくと、獣や角や目が出てきたりします。注解書を読むと21、25節は終末における反キリストとキリスト者との戦いが描かれていると書かれていました。反キリストは、いと高き方(神様)だけでなく、いと高き方の聖徒たちにも戦いを挑んでくると書かれています。この『聖徒』たちをユダヤ人とする節と広くキリスト者ととる節といろいろ書かれていましたが、単純に自分が戦いを挑まれても大丈夫だろうかと思いました。

  この章を読み進めて行くうちに、終末の時代を歩むクリスチャンは、何を見続けるかが大切だなと思わされました(日々の生活の中にも当てはまるかもしれません。)。

  この戦いの結末、結論も、「キリストが、またその聖徒たちが勝利し、治める」ということです。私たちは与えられている環境や状況に目を留めるのではなく、御座におられ永遠の主権を持っておられる神様(9-10節)がどのようなお方か、また与えられている勝利&約束を見つめ続けていくことが大切だと思わされました。今日、目を天に向け、永遠の主権を持った方を見続けましょう!
 
■A:考えてみよう
  心の目を天に向けよう。また神様がどのような方か心の目を開いて下さるように祈ろう!




■P:祈り
  イエス・キリストのお名前によってお祈りします。アーメン。

【 あいこ 】

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