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2011年11月08日

自分の行いではなく

■S:今日の聖書の言葉
  ホセア書10章13節(ヨハネの福音書2章)  

★  あなたがたは悪を耕し、不正を刈り取り、偽りの実を食べていた。これはあなたが、自分の行いや、多くの勇士に拠り頼んだからだ。

■O:今日のコラム

  良い11月8日の朝ですか? 今日も神様に拠り頼んでいきましょう。神様は、神様を求める者を祝福で満ち溢れさせてくださるからです。

  僕らが、自分の行いや、自分より力強い勇士に拠り頼むことは、自分の悪を耕し、不正を刈り取り、偽りの喜びの人生を過ごすことです。神様は、「もっとわたしに拠り頼め」と言ってくださいます。

  『ぶどう酒がなくなったとき、母がイエスに向かって「ぶどう酒がありません」と言った。』(ヨハネの福音書2章3節)

  これは、僕らがイエス様に対して取るべき行動であると思います。僕にはぶどう酒がありません。人に与える良いモノがありません。喜びがありません。愛する愛がありません。イエス様を求める力がありません。イエス様を愛することができません! とイエス様に伝える時、イエス様は「わたしの時はまだきていません」と言いながら、水を最上級のぶどう酒に変えて満ち溢れさせてくださるのです。イエス様はまだこの地に帰ってこられないかもしれませんが、僕らが不足している全てを満ち溢れさせてくださるのです。

  イエス様の恵みは、僕らの行いや勇士に拠り頼むことでは得ることができません。ただ、イエス様の十字架と復活を信じ、自分には何もできないことをイエス様に告白する時に恵みを受け取ることができるのです。僕らができないとき、イエス様が力を発揮してくださるのです。

  僕らが自分の力でやろうとすることは、悪そのものです。今日一日もイエス様の力、イエス様の十字架、イエス様ご自身に拠り頼む時としていきましょう。
 
■A:考えてみよう
  自分で握っているモノを解き放ちましょう。イエス様に拠り頼む時、あなたは何ができますか?




■P:祈り
  イエス・キリストのお名前によってお祈りします。アーメン。

【 ひろみち 】

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2011年11月01日

愛する

■S:今日の聖書の言葉
  ホセア書3章1節(ヘブル人への手紙8章)

★  主は私に仰せられた。「再び行って、夫に愛されていながら姦通している女を愛せよ。ちょうど、ほかの神々に向かい、干しぶどうの菓子を愛しているイスラエルの人々を主が愛しておられるように。」

■O:今日のコラム

  良い11月1日の朝ですか? 今日も神様を愛し、神様を求めていきましょう。神様は、どんな時でもあなたを愛しているからです。
  
  僕らの生活の中で、神様以外のほかの神々に向かい、干しぶどうの菓子を愛していることがたくさんあります。神々は、自分が時間を費やしているもの。干しぶどうの菓子は、高価な贅沢品や富や名声などです。

  神様が与えてくださった時間を喜び楽しむことは大切なことです。神様が与えてくださったモノを用いて贅沢をしたりすることは感謝なことです。しかし、そこにだけ目が向かっているならば、良くないことです。

  イエス様は、この地に人間としておられた時、人々の目を、天のお父さんに向けさせるために様々なことをしました。天のお父さんを愛し、人々を愛していたからです。その結果、天のお父さんと僕ら一人ひとりが良い関係を取り戻すために、十字架に架かられました。

  僕らは、天のお父さんを愛しているでしょうか。自分に良くしてくれる人だけでなくそうでない人を愛することができるでしょうか。僕らの目を神様に向け続け、自分の力ではなくイエス様から力を受け、人々を祝福していきましょう。
 
■A:考えてみよう
  神様を愛するならば、あなたは何ができますか?




■P:祈り
  イエス・キリストのお名前によってお祈りします。アーメン。

【 ひろみち 】

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2011年10月31日

いばらのガードレール

■S:今日の聖書の言葉
  ホセア書2章6節(ヘブル人への手紙7章)

★  それゆえ、わたしは、いばらで彼女の道に垣を立て、彼女が通い路を見いださないように、石垣を立てよう。

■O:今日のコラム

  どうにも物事がうまくいかない。なぜだかつらいことが立て続けに起こってくる。誰でもそんな経験があると思います。クリスチャンになったのにどうしてこんなことがと言いたくなることもあるかもしれません。

 私たちの受ける苦難には2種類あると思います。一つは主の御前にまっすぐに歩んでいてやってくる乗り越えていくべき苦難。もう一つは、そっちに行かないように主が置いた、ガードレールやフェンスのような乗り越えず避けるべき苦難です。

  いばらは呪いの象徴であり、触れれば痛いものです。主はそのような障害を私たちが間違って進もうとしている道に置き、間違いを気づかせようとされるのです。苦難に巻き込まれるとき、私たちはそれを吟味し、判断しなければなりません。
 
  その判断、吟味の決め手はなんでしょうか?
  それは、神を愛していて、近づこうとして受けている苦難か、神から離れようとして受けている苦難か、つまり神を愛しているかどうかがポイントなのです。このガードレールは神から離れようとする者のためのものです。
 
  関連したところでは、ローマ人への手紙8章28節には、「神を愛する人々、すなわち、神の計画に従って召されたもののためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださる。」とあります。「だから何をしても益になるんだ。」というのは乱暴な考え方です。主は、神を愛する者には、という条件をつけていますから。

 これらが言おうとしていることは、何でしょうか?
  神を愛していれば間違いがない、大丈夫、ということです。

■A:考えてみよう
  苦難にであったときを、自分の心を吟味する機会としよう。そのたびに神を愛する喜びを求めて歩もう。




■P:祈り
  イエス・キリストのお名前によってお祈りします。アーメン。

【 まじまこ 】

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