マナメールの受信にはドメイン指定解除、もしくは指定受信の設定が必要です。詳細は下記からご覧ください。
【au】
【docomo】手順7、もしくは手順8で下記のドメインを指定して下さい。
【Softbank】
なお、ドメイン名は「shalom3.com」もしくは「devotion@mm.shalom3.com」とご指定ください。


デボーションガイド【マナメール】は、下記のページに引越しをしました。

新宿シャローム教会ホームページ

2011年11月24日

神の心を動かすものとは

■S:今日の聖書の言葉
  ヨナ書3章10節(ヨハネの福音書18章)

★  神は、彼らが悪の道から立ち返るために努力していることをご覧になった。それで、神は彼らに下すと言っておられたわざわいを思い直し、そうされなかった。

■O:今日のコラム
 
  ヨナは罪にまみれたニネベの町を歩き回って、人々に、『神を信じて、悔い改めないと滅ぼされるぞ』と呼びかけました。するとそのことが王の耳に入り、王や大臣からの命令で、民全体が今までの罪を悔い改め、断食し神に祈り始めたのでした。

  結果、上記のように神様はそのことのすべてに目を留め、わざわいを思い直して下さいました。王や民の“祈り”が、神様の心を動かしたのでした。

  私たちの住む、この日本にもたくさんの祈る者がおこされています。そして、神様はその祈りを確実に聞いていてくださり、その積まれた祈りのゆえに、思い直されたわざわいが沢山あるのではないかと感じます。

  終末の時代に生きている私たち一人ひとりが、この国のために、世界のために、祈る者として神様に選ばれています。
  ヨナのように、その神様の呼びかけから逃げようとしても、無理なのです(><) 

  神様はあなたの祈りを聞いておられます。待っておられます。

  でも、「この国? 世界? そんな大きな規模で祈るの…?」と思われるかも知れませんね。

  大丈夫です! 神様が『あなたを通して神の愛を届けたい』と思っている人がそこにいます。
  どうぞ、あなたの隣りにいる方を愛し、その方のために心を裂いて祈ることからスタートしてみてください☆

■A:考えてみよう
  自分は普段、何を祈っているだろうか? 自分は周りの愛する人たちの救いをどれくらい願っているのだろうか。




■P:祈り
  イエス・キリストのお名前によってお祈りします。アーメン。

【 みちる 】
Clip to Evernote
posted by shalom3 at 00:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | ヨナ書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月22日

叫べ

■S:今日の聖書の言葉
  ヨナ書1章2節(ヨハネの福音書16章)

★  「立って、あの大きな町ニネベに行き、これに向かって叫べ。彼らの悪がわたしの前に上って来たからだ。」

■O:今日のコラム
 
  良い11月22日の朝ですか? 今日も聖霊様を求め、イエス様を愛し、神様の福音を叫びましょう。神様は、僕ら一人ひとりを用いたいと願っているからです。

 『わたしには、あなたがたに話すことがまだたくさんありますが、今あなたがたにはそれに耐える力がありません。しかし、その方、すなわち真理の御霊が来ると、あなたがたをすべての真理に導き入れます。御霊は自分から語るのではなく、聞くままを話し、また、やがて起ころうとしていることをあなたがたに示すからです。』(ヨハネの福音書16章11-12節)

  神様は、僕ら一人ひとりに話したいことがたくさんあります。僕らを通して、ご自身の栄光を世に現したいと願ってくださいます。そのために、イエス様は、十字架に架かられたのです。僕らのすべての罪を取り去るためです。そして、イエス様が天に戻られたので、助け主である聖霊様が、僕らの内側に住んでくださるのです。

  神様のことばは時に、僕らの内側に深く辛く突き刺さります。人間には耐える力がありません。だから聖霊様が必要なのです。

  僕らは、ヨナさんのように神様のことばを聞くことができます。素晴らしいことです。しかし、ヨナさんのように御顔を避けて、神様のことばを無視しようとすることもあります。

  大きな町に神様のことばを伝えることに不安や恐れを持つかもしれません。なぜ自分がやらなければいけないのかという神様への怒りを持つかもしれません。自分を用いなくても良いじゃないかという思いを持つかもしれません。それでも神様は、僕らにやってほしいと願ってくださいます。

  それは、僕らがこの世の喜びではなく、イエス様にある喜びに満たされるためです。イエス様が天のお父さんと愛し合っているように、僕らがイエス様と愛し合うためです。イエス様と同じ心を持つためです。

  だから、イエス様を愛するという選択をしていきましょう。イエス様のことばを信じ従う決断をしていきましょう。今持っている大きな町のような問題に対して、イエス様のことばを叫んでいきましょう。

  イエス様に解決があります。イエス様に力があります。イエス様があなたを通してこの地に栄光を現したいと願っているのです。
  イエス様の愛と恵みと勝利を叫んでいきましょう。
 
■A:考えてみよう
  今、イエス様の福音を叫びましょう。イエス様の愛で満たされるならば、あなたは何ができますか?




■P:祈り
  イエス・キリストのお名前によってお祈りします。アーメン。

【 ひろみち 】

Clip to Evernote
posted by shalom3 at 00:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | ヨナ書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月28日

傍観者にはなりたくない!

■S:今日の聖書の言葉
ヨナ書 4章5節(ヘブル人への手紙4章)
ヨナは町から出て、町の東のほうにすわり、そこに自分で仮小屋を作り、町の中で何が起こるかを見きわめようと、その陰の下にすわっていた。

■O:今日のコラム
 ヨナは自分が伝えた神さまの言葉によって、ニネベの人たちが悔い改め、主がくだすと言った災いを思い直されたのが気に入らなくて主に対して怒りました。「いくら悪いことしてても、悔い改めたら主は恵み深ーいから許すって始めっから知ってたし・・ブツブツ。」なんてもったいないことでしょう!でも恐ろしいことに、私も共感できるところがあったりします。友達をいくらゴスペルや教会に誘っても、何の反応がなかったりするとき。クリスチャンでも、「神さまは何で私を祝福してくれないのー?」と祝福されてるのに気付かない人を見るとき。もうどーでもいいや!もう知らない!という気持ちが湧いてくるのです。
 でも、この鍵の御言葉で気付かされたことがありました。あくまで人ごとだと思っている限りは、いくら福音を伝えても、教会やイベントに誘っても、本当の愛でその人を愛することはできない。ましてや、救われても、神の家族となった人の存在を心から喜び尊ぶことはできない。ここでのヨナのように・・・。でも、もし笑うものと共に笑い、泣くものと共に泣く人になろうと心がけるならーー夫婦でも日々努力がいりますがーー、その時、私たちは他人のいのちを自分のいのちと重ねて思えるようになり、心から一緒に悔い改める者になれるのではないでしょうか。ヨナのように傍観者になるのではなく!
 神さまは、私たちの命を惜しむあまり、イエス・キリストをなだめの供え物としてくださいました。そして、私たちの周りにいる人たちを一人でも多く救おうとして働かれています。「まして、わたしは、この大きな町東京を惜しまないでいられようか。そこには、右にも左にもわきまえない1,200万以上の人間と、数多くの家畜とがいるではないか。」(11節、下線は作者が変更、本文はニネベ12万人
 
■A:考えてみよう
毎日接している人たちが、笑うときに一緒に笑い、泣くときに一緒に泣く、そんな風にして愛を示すには、私は今日どうすればよいだろうか?




■P:祈り
イエス様、どうか、私の心の中から人のことはどうでも良いやと思うヨナの性質を取り除き、周りの人への愛を深めてください。又、未だ救われていない人たちのために、悔い改め、執り成すものとしてください!
イエス・キリストのお名前によってお祈りします。アーメン。

【れいこ】


もっと詳しく聖書の事を知りたい方はこちらまで。
→ 新宿シャローム教会


デボーションには欠かせない聖書をポケットサイズで。

Clip to Evernote
posted by shalom3 at 00:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | ヨナ書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。