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2011年12月06日

私のために

■S:今日の聖書の言葉
  ハバクク書1章12節(ヨハネの黙示録1章)

★  主よ。あなたは昔から、私の神、私の聖なる方ではありませんか。私たちは死ぬことはありません。主よ。あなたはさばきのために、彼を立て、岩よ、あなたは叱責のために、彼を据えられました。

■O:今日のコラム

  良い12月6日の朝ですか? 今日も神様に感謝し、神様を賛美していきましょう。神様が僕らの主だからです。

 『「恐れるな。わたしは、最初であり、最後であり、生きている者である。わたしは死んだが、見よ、いつまでも生きている。また、死とハデスとのかぎを持っている。』(ヨハネの黙示録1章17b〜18)

  主は、最初です。最初は、最初なのです。すべての始まりは神様なのです。その神様が、あなたの神様です。あなたの聖なる方です。

  今日の箇所の「彼」はカルデヤ人です。「彼」は権力を与えられ、それを神様の栄光に返さなかったので、その後、さばきが与えられ、風のように移り過ぎていくのでした。本当は、ハバククさんたちがそのさばきを受けるべきでした。叱責を受けるべきでした。でも、神様は身代わりをたてられたのでした。

  イエス様は、権力をいつも神様に返していました。罪を一つも犯さず、常に神様を見続けていました。そのイエス様が、僕らの受けるべきさばきのために立てられ、僕らが受けるべき叱責のために、十字架に据えられたのです。ありえない祝福です。恵みです。

  そして、イエス様は今生きています。いつまでも生きています。イエス様の復活によって、僕らは、天国での永遠のいのちを与えられたのです。だから、僕らは、今よりももっと神様に感謝し、賛美し、栄光をかえし、神様を愛していきましょう。今、目の前にある神様の恵みに目を向け、聖なる神様に向かっていきましょう。

  死と地獄の鍵を持ち、すべての始まりである神様が、僕らのためにすべての祝福を与えてくださるからです。

■A:考えてみよう
  今、神様に目を向けましょう。神様が共にいるならば、あなたには何ができますか?




■P:祈り
  イエス・キリストのお名前によってお祈りします。アーメン。

【 ひろみち 】

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2009年12月07日

主とともに歩む

■S:今日の聖書の言葉
ハバクク書 2章4節(黙示録2章)
見よ。心のまっすぐでない者は心高ぶる。しかし、正しい人はその信仰によって生きる。

■O:今日のコラム
 よく、愛の無い人の事を『冷たい人』などと言います。逆に、愛に溢れた人は、『暖かい人』、『生き生きした人』ということが出来るかもしれません。
 主に対して、心のまっすぐでない人は、自己中心に完全にはまり込み、人間が本来持つべき暖かさと引き換えに、自分の欲を満たす事に走ってしまいます。逆に、主に対して、信仰によって正しい認識をもって生活する人は、そのうちにいのちの素晴らしさが溢れていくようになると信じます。そこには、愛の暖かさがあるはずです。
 だから愛は、神を意識することが土台であると思います。神を意識した生活には感謝の心、満ち足りた心が伴います。天におられる父は私たちに、いつも最善のものを提供し続けておられるからです。
 また、私たちは、完全な者では無いので、目に見えるものにとらわれていって、主を心の片隅に追いやってしまうことがあります。それでも主に自分の足りなさ、かたくなさを『ごめんなさい』するなら、主は私たちに近づいて、ともに歩んでくださる方です。
 主は、私たちのそんな足りなさまで、私たち以上にご存知な方、あわれみに満ちた方、寛容な王だからです。

■A:考えてみよう

神の愛に触れ、満たされ、愛をもって生きていきましょう。




■P:祈り
主よ。ますます、主とともに歩むことを知っていきたいです。あなたがこの願いを聞いてくださることを確信して感謝します。
イエス・キリストのお名前によってお祈りします。アーメン。

【まじまこ】


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2009年12月06日

希望

■S:今日の聖書の言葉
ハバクク書 1章1節(黙示録1章)
主よ、わたしが助けを求めて叫んでいるのにいつまで、あなたは聞いてくださらないのか。

■O:今日のコラム
 私は聖書を開いて、ハバクク書を読んだときに驚きました。なぜなら、他の預言書は大半が民に対する神の言葉を載せているのに比べて、ハバクク書では、預言者であるハバククが神に向かって語り、まるで挑んでいるかのように私には思えたからです。
 しかし、彼は決して神様に反抗していたわけでもなく、挑んでいたわけでもないことに私は気づきました。彼は、神様に心を向け、耳を傾け、真剣に神様から答えを聞こうとしていたからです。もし彼が不信仰であったのなら、神様に心を向けることも、向き合うことも、答えを聞こうとすることもなかったのではないかと思います。
 その証拠に、上記の箇所や「どうして、あなたはわたしに災いを見させ労苦に目を留めさせられるのか。(ハバクク1:3)」などというちょっと反抗的なハバククのこの言葉に神様はちゃんと答えたのです。
 そして、神様はハバククに「彼らは恐ろしく、すさまじい。彼らから、裁きと支配が出る。 (ハバクク1:7)」と答え、「冷酷で剽悍な(ハバクク1:8)」カルデア人という敵が現れ更に事態はひどくなるという預言を与えました。
 このような状況でもハバククは神様に叫ぶことをやめませんでした。「主よ、あなたは永遠の昔からわが神、わが聖なる方ではありませんか。(ハバクク1:12)」と神様に話し続けました。ハバククを取り巻く状況は決して易しいものではなかったはずです。ハバククが楽天家で周りの状況なんか気にしない人だったわけでもありません。しかし彼は、「人の労苦に目を留めながら捨てて置かれることはない。(ハバクク1:13)」と神様を信じ続けました。ハバククの強さはこの信仰にあったのだと私は思います。
 「信仰」を遠藤周作という小説家は「99%の疑いと1%の希望」と彼の著書の中で表しました。ハバククがこのような状況でも神様に叫び続けたのは、彼が文句を言いたかったからではなく、「神は私たちを決して見捨てない」この1%の希望を彼が持ち続けていたからではないでしょうか。
 私たちが信仰を持ちうるのは決してすべてがうまくいっている状況においてではありません。ましてや、現実が悪化しているのにも関わらずその状況を直視せず、まるで問題なんかないように振舞うことが信仰でもありません。なにもうまくいってない、苦しい、辛い、悲しい。そのような状況で、神様をつい疑ってしまうような状況の中にあっても、私たちは私たちの神のゆえに希望を持ち続けていきましょう。そのような信仰に神様は必ず大きな働きを成してくださいます。

■A:考えてみよう
「彼らは風のように来て、過ぎ去る。しかし、彼らは罪に定められる。自分の力を神としたからだ。(ハバクク1:11)」と神様はハバククに彼の敵のことを述べました。このように、神様は決して信仰の人を捨てる方ではありません。神であられる方を神とする私たちに絶望は存在しません。クリスチャンにとって、完全に絶望的な状況はありえません。その希望ゆえに、今週も私たちは神様に話し続け、信仰を持ち続けていきましょう。




■P:祈り



イエス・キリストのお名前によってお祈りします。アーメン。

【れな】


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