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デボーションガイド【マナメール】は、下記のページに引越しをしました。

新宿シャローム教会ホームページ

2012年06月24日

望みの神

■S:今日の聖書の言葉
  ローマ人への手紙15章13節(申命記15章)

★  どうか、望みの神が、あなたがたを信仰によるすべての喜びと平和をもって満たし、聖霊の力によって望みにあふれさせてくださいますように。

■O:今日のコラム
 
  神様がどのようなお方かその本当のイメージを知る事は人生の方向を決めるとても重要な事です。

  イエス様は人々の信仰を見て「あなたの信仰の通りになれ。」と言われました。
  だから、私達が「主は私に良くして下さらない厳しいお方」だと言う時、主はその私達の信仰のままに働かれ、また私達が「主は良きお方であり恵みに満ちた父なるお方」だと思う時、その信仰の中に主が力強く働かれる事となります。

  今日の箇所には、主は「望みの神」だという事が記されています。
  主は、私達を失望させる方ではなく、望みに満ち溢れたお方です。この事を共に言葉を持って宣言しましょう。

  「私の主は望みの神」だと。私達がこの信仰を持つとき、今日の御言葉には、「あなたがたを信仰によるすべての喜びと平和をもって満たし」と記されている通り、この世の何にも勝る喜びと平和(平安)が私達の人生を満たす事となります。

  さらに、その喜びと平和は、聖霊様の力によって私達の人生に満ち溢れる事となります。聖霊様はイエス様の事を私達に教え、生きて働く主の愛や喜びを私達の人生に確かなものとして味わわせて下さるお方です。

  イエス様は聖霊様と平安との関係について 「助け主、すなわち、父がわたしの名によってお遣わしになる聖霊は、あなたがたにすべてのことを教え、また、わたしがあなたがたに話したすべてのことを思い起こさせてくださいます。

  わたしは、あなたがたに平安を残します。わたしは、あなたがたにわたしの平安を与えます。わたしがあなたがたに与えるのは、世が与えるのとは違います。あなたがたは心を騒がしてはなりません。恐れてはなりません。」(ヨハネの福音書14章26−27節)と言われています。

  今日、共に聖霊様を心にお迎えし、この世の何にも勝る喜びと平安を主から受け取りましょう。
  そして、望みを抱いて主をほめたたえ、私達の主がどれ程に素晴らしく、望みに溢れたお方か、私達の口の言葉を持って主をほめたたえる時を持ちましょう!
 
■A:考えてみよう
  日々、祈りと御言葉を通して主に対する真実なイメージを持つ事が出来ますように。
  今週も時間をとって祈り、賛美し、御言葉を読む時を持ちましょう。  




■P:祈り
  イエス・キリストのお名前によってお祈りします。アーメン。

【 しんご 】
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2012年06月23日

みことばに使いこなされる

■S:今日の聖書の言葉
  ローマ人への手紙14章12節(申命記14章)

★  こういうわけですから、私たちは、おのおの自分のことを神の御前に申し開きすることになります。

■O:今日のコラム
 
  先日の礼拝でのメッセージの中で、しんご先生が「私たちが聖書を使いこなすのではなく、私たちが聖書によって使いこなされる」という文吾師の学びを紹介してくれました。

  私たちが聖書の知識だけ増していくなら人を裁くものとなってしまうが、聖書のみことばを自分の実生活に適応していくならば、キリストの似姿へと変えられていくことになりますという学びの内容でした。

  ウェイン先生のメッセージの中でも、毎日デボーションをし、1日1個でも変わるなら、私たちは1年で365回変えられていくことができると語っていました。毎日毎日は小さな変化かもしれませんが、1年積もっていくなら大きな変化になっていくと思わされました。

  ここの聖書箇所で語られていることは、そのメッセージと共通する部分があると思いました。

  私たちが神様の御前に立つ時、申し開きをするのは他人のことではなく、自分のことだということです。
  どんなときでも、どのような状況においても神様の前にどのように生きたかがとても大切だと思いました。

  みことばを祈りつつ読み、毎日毎日キリストの似姿へと変えられていく歩みをして行きたいと思いました。
 
■A:考えてみよう
  デボーションを毎日続けよう。そこで示されたことを具体的な形で実践していこう。




■P:祈り
  イエス・キリストのお名前によってお祈りします。アーメン。

【 あいこ 】
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2012年06月22日

目を覚まして祈ろう

■S:今日の聖書の言葉
  ローマ人への手紙13章11節(申命記13章)

★  あなたがたは、今がどのような時か知っているのですから、このように行ないなさい。あなたがたが眠りからさめるべき時刻がもう来ています。というのは、私たちが信じたころよりも、今は救いが私たちにもっと近づいているからです。

■O:今日のコラム

  誰にとっても眠りというものは心地良いものです。柔らかい布団から目を覚まして起き上がるのには大きな決心が必要な時もあるものです。

  私達は信仰生活においても、居心地の良い場所に留まりたいと願う性質があります。主の祝福や恵み、励ましは大いに味わいたいけど、主の為に生き、自分を捧げ、また何かを忍耐する事はしたくない・・・と。

  しかし、その様な信仰から私達はイエス様にある決心を持って目を覚ます必要があります。

  今日の箇所で聖書は「あなたがたが眠りからさめるべき時刻がもう来ています。」と言っています。

  この「眠りから目を覚ます。」という事について聖書は繰り返し私達に忠告を与えています。聖書に記されている「目を覚ます」という言葉には、「見張る」という意味があり、この言葉は多くの場合、祈りと同じ意味として使われています。

  終わりの時代に私達が目を覚ましてしっかりと主の御心の中に生きる為には、祈りの生活を持つ事が重要です。

  ペテロは私達に「万物の終わりが近づきました。ですから、祈りのために、心を整え身を慎みなさい。」(ペテロの手紙 第一 4章7節)と、終わりの時代に祈りの生活をする事の重要さを伝えています。

  イエス様ご自身も福音書と黙示録の中で目を覚まして祈っているように、繰り返し何度も私達に言われています。

  先の文でも言いましたが、「祈る」と「見張る」は同じ意味としてセットで使われている事が数多くあります。

  つまり私達の祈りの生活が継続して持たれる為に、私達は見張り続ける必要があります。

  では、何を見張れば良いのでしょうか? それはイエス様ご自身です。

  私達は必ず誰もが、何かを見張って生きています。
  この世で多くの人々は、様々な悩み、思い煩い、心配事、欲望や肉の思いを日々心の中で継続的に見つめ続けています。私達が主を見なければこれらの事で思いがいっぱいになってしまうものです。

  しかし、主イエスを見つめ続ける時、私達の内には日々新しい主にある希望、聖霊の満たし、主に対する新鮮な愛と、聖い献身の思いが与えられる事となります。

 「見張る」という言葉には「待ち望む」という意味もあります。
  共に日々、祈りと御言葉を通して主を愛し、主イエスを待ち望み続けましょう。これが終わりの時代に置かれている私達に、主が求めておられる生き方です。
 
■A:考えてみよう
  今日、祈りと御言葉のために時間をとり、主を見上げる時を持ちましょう。 




■P:祈り
  イエス・キリストのお名前によってお祈りします。アーメン。

【 しんご 】
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