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新宿シャローム教会ホームページ

2012年12月30日

新婦入場

■S:今日の聖書の言葉
    詩篇121篇2・4節、ヨハネの黙示録20章2節 

★  詩121:2、4  私の助けは、天地を造られた主から来る。・・・ 
見よ。イスラエルを守る方は、まどろむこともなく、眠ることもない。

★  黙20:2  私はまた、聖なる都、新しいエルサレムが、夫のために飾られた花嫁のように整えられて、神のみもとから出て、天から下って来るのを見た。

■O:今日のコラム

主がこの一年も導いてくださったことへの感謝は尽きません。その中でも、結婚は人生の大きな節目となりました。

妻と結婚に向けて意志を決めたのはちょうど今年の1月ころ。
慎悟先生に相談するなり、「じゃ今年の6-7月ころかな〜」と大胆に勧められ(笑)、そこから怒涛の準備期間へと突入していったのです。

結婚は本当に祝福でありますが、式を挙げるためのプログラムや様々なことを決めることの大変を知り、何より、式のために、そしてその日から始まる結婚生活にむけて自分自身を整えることがいかに大切なのかを学びました。

相手が多忙の中でも、身を整え、外からも内からもきれいになっていく過程を見ていると、自分も相手にふさわしく変えられたいと心から思いました。

そして迎えた式当日。その日、花嫁は本当に美しかったのを今でも覚えています。

そして妻は主の美しさへとますます変えられ続けているのです。それは彼女が、また周りの方々が犠牲を惜しまずに、その瞬間にむけて花嫁が花嫁らしく整えられるように準備してきた結果でした。

■A:考えてみよう

神様はイスラエルを守り眠ることもないとあります。

そこから、イスラエルが、また聖徒たちが花婿イエスにふさわしい花嫁として整えられるのを待ちどおしく思っている神様の親心を感じます。

私たち夫婦が結婚するにあたって本当に多くの方々を通して神様は助けを送ってくださいました。

ですからクリスチャンがイエス様の花嫁になるために父なる神様はどれほどの犠牲を払い、助け、守り、聖くしてくださることでしょう。

イエス様と私たちが、そしてイスラエルが結婚するために神様も惜しみなく協力してくださっているのですね。

■P:祈り

聖霊様。新婦入場を待ち望んでいるイエス様にふさわしい花嫁へと変えてください。

イエス・キリストのお名前によってお祈りします。アーメン。

【 ぺい  】
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2012年12月28日

キリストの花嫁

■S:今日の聖書の言葉
  ヨハネの黙示録19章7-8節(詩篇119篇153-176)

★  私たちは喜び楽しみ、神をほめたたえよう。小羊の婚姻の時が来て、花嫁はその用意ができたのだから。花嫁は、光り輝く、きよい麻布の衣を着ることを許された。その麻布とは、聖徒たちの正しい行いである。

■O:今日のコラム

私にとって今日の箇所は、個人的に最も愛する章の一つで、今まで何度もこの章を読みました。なぜならこの箇所は私達クリスチャンの大切なゴールが示されている箇所であり、主の約束を待ち望んだ聖徒達が最も光り輝く時だからです。

そのゴールとは、花嫁(教会、聖徒達)と花婿なるキリストの婚礼の時であり、この時は聖書の歴史のクライマックス、天において喜びと楽しみが極みに達する時であります。

私達の教会や祈り会ではよく「キリストの花嫁」という賛美を歌います。その賛美の歌詞に「花嫁は待っています。花婿が来られるのを」という部分があり、その歌詞を歌うたびに内側からイエス様に対する熱い愛の思いが込み上げてきます。

私達はこの世のどんな事にも勝って、イエス様が迎えに来られるのを待ち望んでいます。

しかし、私達が花婿を心から待ち望んでいる以上に、もっと熱い情熱を持って待ち望んでおられるのはイエス様ご自身です。

花婿なる主イエスは、花嫁が整えられ、婚礼の用意が出来るのをどれ程に願っておられる事でしょうか?

この箇所で御使い達は「花嫁はその用意ができたのだから。」と言っていますが、これは別訳の聖書には「花嫁のしたくが整った。」と書かれていました。

以前に読んだある記事に「クリスチャンは主を待ち望むよりも、もっと主の為の働きを一生懸命するべきである。」と書かれているのを読みました。ある意味においてそれは真理であり、本当に重要な私達へのチャレンジだと思います。

しかし、私は主を熱心に待ち望む事と、主の為に素晴らしい働きをする事は決して相反する事とは思いません。

誰でも愛に満ちた麗しい花嫁を見る時に「私もあの花嫁の様になりたい。」と憧れるように、私達が主イエスの愛に魅了されて生きる時、私達の人生から主の麗しい人格や、力強い御業がこの世に大胆に現される事となります。

主イエスを愛する花嫁達は、あらゆる努力と忍耐する力を持ったこの世で最も偉大な働き人となり得るのです。

天の婚礼において花嫁はきよい麻布の衣を着ることを許されます。この麻布とは「織り目の細かい布」という意味があります。

その細かい織り目の様に、私達がこの地でしたどんな小さな主への従順も全てが天に書き記されており、批判や悪く言われる時にも相手の為にとりなし祈った事、様々な誘惑や葛藤の中でも主を愛するが故に忍耐した事、誰かの必要を満たした事など・・・

誰にも気づかれない事も全て主は覚えて下さっており、私達に報いを与えて下さいます。
だからこの麻布の説明として聖書には「聖徒たちの正しい行い」だと書かれています。

今日共にこの黙示録の19章から花嫁の心を新たに受け取りましょう。

まもなく花婿は戻って来られます。キリストの花嫁という最高のゴールを私達は見つめ続けましょう。

■A:考えてみよう

キリストの花嫁の情熱を新たに持つ事が出来るように、今日も聖霊様をお迎えし、御霊に満たされて生活しましょう。

■P:祈り

イエス・キリストのお名前によってお祈りします。アーメン。

【 しんご 】
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2012年12月27日

神様に喜ばれる決断

■S:今日の聖書の言葉
  黙示録18章3節(詩篇119篇129-152節)  

★  それは、すべての国々の民が、彼女の不品行に対する激しい御怒りのぶどう酒を飲み、地上の王たちは、彼女と不品行を行い、地上の商人たちは、彼女の極度の好色によって富を得たからである。」

■O:今日のコラム

あなたは、寝る前にどうしてもお菓子を食べたくなったことはありませんか? 
  
寝る前のお菓子ってなぜあんなに魅力的でおいしそうに思えるのでしょうか。お菓子を食べると満足するという一方、太ってしまうというリスクもあります。

私たちの人生は決断の連続です。意識するしないにかかわらず、人は一日に2万〜4万回もの決断をしているそうです。そのようにして、私たちは数限りない決断を下した結果、今こうしてここに存在します。

神様は私たち人類を創造された時に、自由意志を与えてくださいました。それは神様の愛の形の一つです。

想像してみてください。
もし、私たちが自由に選択することができなかったら、ロボットと変わらないつまらない存在になってしまいます。しかし、その決断次第で私たちの人生は大きく変わってしまうこともありえます。

今日の聖書の箇所は、全体を通してどこにも希望がなく、ひたすら裁きについて書かれている箇所です。では、どういった人が裁きに合っているのでしょうか。

聖書では、「彼女と不品行を行った地上の王、そして彼女の極度の好色によって富を得た商人」とあります。

また、17節には、もう一人、その富を運ぶ船乗りも登場しています。彼らが大淫婦と呼ばれるバビロンとともに裁きを受けると書かれています。ちなみにこの商人とは、英語ではビジネスマンと書かれています。

彼らは、この世の富を得るために、大淫婦バビロンと交わるという決断をしました。その結果、彼らは莫大な富を得ることになりますが、その報いは神からの裁きを受けるというものでした。

ビジネスの世界において、私たちは自分の業績を上げるために、妥協して正しくない事をしてしまうことがあるかもしれません。

その結果、一時的にあなたの地位は高くなり、業績を伸ばせるかもしれません。お客様と上司を、また家族を喜ばせることができるかもしれません。

しかし、神様は悲しんでおられるのではないかと思います。

神様はどこまでも聖であられ、誠であり、忠実な神様です。
99.9999999%ピュアな神ではなく、100%ピュアな神様です。

その神様に対して、私たちは堂々と胸を張って日々の生活を報告できるでしょうか。

私はできません。とても神様の前に進み出ることはできません。

しかし、唯一、私が胸を張って神様の前に大胆に進み出ることが出来る方法がります。

それはイエス様の故にです。

イエス様の十字架の血潮により、私たちの罪は赦され、永遠の命が与えられました。だから、イエス様のお名前によって主の前に進み出ることができます。

それでも、私たちは日々の生活の中で過ちを犯してしまいます。失敗をしてしまいます。このことは事実です。

だから、失敗しても、泥だらけになっているような状態でも、ありのままの自分でイエス様の懐に飛び込んでいくことができます。失敗したらその数以上にイエス様の所に飛び込んでいけばいいのです。

しかし、私たちは時として、自分で自分の失敗を処理しようとしてしまう時があります。その結果、人の目はごまかすことはできるかもしれません。

いくら見た目をつくろっていいように見せたとしても、神様の目はごまかすことはできません。むしろ、私たちは見た目の良さよりも、見えない内側の良さを追い求めていく必要があります。

結婚当初は全く別の歩みをしてきた人も、長く連れ添ううちに似たものとなってきます。

私たちもこの地上においては、まだ神様と結婚してはないですが、やがて結婚が決まってることは確実です。

であれば、天において永遠の時間を過ごす神様と今から歩みを揃えて行く必要があります。

神様を熱烈に慕い求め、祈りとみことばによって神様と多くの時間を過ごす時、聖霊様によって内側から徐々に作り変えられ、栄光から栄光へと神の似姿へと変えられていきます。そして気がつくと、見た目も今まで以上に良くなっているはずです。

この地上において、目に慕わしく、肉の欲求に訴えかけ、暮らし向きの自慢をしたくなるようなことがあるかもしれません。

しかし、その背後に潜んでいるものを見極める目を持ちましょう。

そのことは、神様が本当に喜ばれるか。聖霊様を悲しませることになっていないか。

その決断の結果、一時的にあなたは卑しくなり、貧しくなるかもしれません。

しかし、永遠の時を過ごす天に於いては、あなたの決断によって高く上げられ、多くの報いを得るでしょう。

そして、神様に「よくやった、よい忠実な僕だ。」と褒めていただけるでしょう。

神様と富には同時に使えることはできません。あなたはどちらを選びたいですか?

■A:考えてみよう

あなたは、選択するときに妥協していませんか? その決断は神様に喜ばれるものですか? 

もし、そうでないなら、今すぐイエス様にその事を告白しましょう。そして、行動する必要があればすぐに行動しましょう。

色々理由をつけて先延ばしにすることは可能ですが、今がその時です。次はないかもしれません。

そんなに時間はかからないはずです。少し手を止めて、「イエス様、私のこの決断は間違っていました。あなたの御前に出て悔い改めます。どうか正しい道を示して下さい。イエス様のお名前によって。アーメン。」などと祈りましょう。

この小さな祈りがあなたの人生を大きく変えると信じます。

■P:祈り

イエス・キリストのお名前によってお祈りします。アーメン。

【しゅん】

※2012年も、主の哀れみでマナメールを書き続けることができました。来る2013年は大収穫の年になると信じています。今まで以上に主に対して飢え渇き、祈りとみことばに励んで行きましょう。全ての栄光がイエス様にありますように!
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posted by shalom3 at 00:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | ヨハネの黙示録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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